新緑

試合の翌日はランニングから

今日の練習は、約7キロのランニングからスタートです。

筋力に、短距離向き長距離向き、というのがあるらしいですから、あまり言えないとは思うのですが、ちょっとした距離を走るときに先頭集団を走る選手には、やる気が感じられます。今日は、その先頭集団に、チームで一番運動が苦手なのではないか、と思っている選手がいました。いつもは、後ろから2,3番の選手なのですが…

考えてみると、昨日の練習試合で一人だけ出場機会がありませんでした。気合いが入ったのでしょう。


その後は、

・バドミントンのシャトルを打つバッティング
・竹ざおで素振り
・筋トレ

を、交代で行いました。場所も時間もないので工夫するしかありません。


風があったので、シャトルがほどよく変化して、変化球に対応するように打てたように思います。
投げ方によって、速くなったり、変化したりしますし、狭い場所でもできますからお勧めです。
昨日攻略された、インコースのボールをファールさせられた後の外側の緩いボールを意識しました。

竹竿を振ってみると、まだまだこれからのように思いました。手首のコネが強く前が大きく振れない選手が目立ちました。

試合の翌日は、あまり投げさせたくありませんから、いつもこれくらいです。
(昨日投げなかったピッチャーには、肩の動きを意識した補強を取り入れてみました。)


意外だったのは、選手の前向きさです。昨日の結果など、気に留めるふうもなく、大会に向けてがんばろう、という気持ちを外に出していました。見習わなくてはいけません。頑張ります。



テーマ: 野球全般 -  ジャンル: スポーツ
by あいありがとう  at 22:48 |  野球 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『「ハンバーガーを待つ3分間」の値段』を読みました

当たり前のことだと、受け流している日常生活の端々に視点をあてて、その「本質」を探ろう、「本質」を発見するための視点を身につけようとおっしゃっているのだと思います。

指摘されていることを振り返ると、確かにそうだなあ、と思うことがたくさんあります。見ているけれども見えていないということです。

私たちが目にするものはすべて「現象」ですが、もし「本質」がその反対側にあるとすれば、それを発見するためには、すこしあまのじゃくな視点が必要なように思えます。この本は、そんな視点でちょっと変わったエッセイ集です。









付箋を貼った言葉を幾つかご紹介します。


情報は目からではなく耳から(つまり、言葉で)入ってくるのです。ものごとというのは、誰かに記述されないと、見ただけでは何もわからないと改めて認識した次第です。

言葉になると必ず少しばかり嘘が入るものです。嘘というのが大げさであれば、誰かの主観が混ざってしまうのものです。

ここで言う「見る」というのは、実は視力ではなく、知識や経験によって決まるということだったりします。

おそらく品質に関与する仕事はすべて、「見えているものに影響されず、見えていない重要なものをいかに発見するか」が大きなカギのように思います。

名前をつける〜ことで、それまで意識されることのなかった概念は独自の質量を持ち始めます。

人間というのは目に見えるものに引っ張られるせいで、目の前に広がる風景がすべて、と思ってしまいがちです。

値段というものはつけたもの勝ちです。より高値をつけてくれる場所によい素材が集まり始めるのです。

私たちは知らず知らずのうちに値段でものの格付けをしてしまう習性があります。

人間というのは言葉や名前の引力の影響を受けてしまうものなのです。

大雑把に言うと、野球選手がやっていることといえば、「投げる」「打つ」「走る」「捕る」のどれかです。どれをとってもひとつひとつは単純なアクションで、ほとんど意味を持たない。

ごくわずかな情報を大きな価値に増幅してしまう力こそ、もしかしたら”解釈する力”(インテリジェンス)と言われるものではないでしょうか?

わずかな情報を大きな価値に変換するインテリジェンスを持った人々……、彼らは、一般的には「ファン」と呼ばれます。

無限の情報源から何を受け取るかはおのずと受け手のIQに比例します。

解釈する能力が高い人材がそろっていればいるほど効率のいいチームとなり得るわけです。

航空写真のほうが情報量では勝るのに、なぜ略図のほうが「正確」なのか?/言うまでもなく、それは目的に即していない不純物が排除されているからです。

人間が一つの目的を持ったとき、かならずしも「情報量が多いこと」がリアルとはならないようです。

チームメンバーの個性を引き出すことと、解釈や誤解の余地を与えないで仕事をさせることは相反することなのか?

重要なことは、「目に見えない形」で、つまりデフォルトでいることなのです。

インターフェイスは、誘導すべき道を形にしたものです。「こう使われるべきだ」という提供者の意図を示す役割を担っているのです。

新分野というのは、そういうものなのです。浸透するまでには大変なエネルギーを必要とするのですが、一度それが認識されてしまうとスタンダードといて大きな力になるものなのです。

ひとたび基準(スタンダード)になってしまった以上、人の価値観は逆に商品についていくようになるのです。

とにかくほしいものがすぐ確認できるということは今の時代、とても大切なことのように思えます。

人間はあたらしいものと出会うと、安心感を求めてそれを既存のものに置き換えるという習性があるようです。

革新的なものというのは往々にして、それを受け入れる引き出しがユーザーの心の中にないだけです。

見慣れた自分自身に不足している要素を見つけるということは難しいことです。しかしそれゆえにとても重要なことだといつも思います。

この現象を作りだした゛フォーマット″というのはあくまで枠組みですから、それそのものが情報性を持っているわけではありません。しかもあたかも「神の見えざる手」のように参加者の行動に影響を及ぼすものです。

あちこち寄り道しながら相場と対話し、自分の基準を現実と照らし合わせながら変更・修正していくわけです。

モチベーションというのはモーターと同じ語源で「人を動かす力」という意味を持っています。イソップの「北風と太陽」という逸話ではありませんが、人を動かすのは強制力だけではありません。むしろその意義を理解できれば、人間はどんどんと自分から動く生き物であることをこの話は表していると思うのです。


自分を振り返って

練習や試合が終わったあとで、その日のプレーを振り返り、言葉にして話す、あるいは書き記すことで、学べるものがあります。

お互いに目をつけられる部分はそれぞれ違いますから、時間をとって、場面を取り上げて、なぜそう動いたのか話し合うことにしています。そして家に帰ってノートに「気づき」を書くように話しています。

難しいと思うのは、プレーに目がいってしまうことです。プレーは結果です。良いプレーにも悪いプレーにも原因があります。そして、その原因には、なかなか気がつけません。

「投げる」「打つ」「走る」「捕る」というのは、単純なアクションではありません。一つ一つが意味を持っています。

試合で勝つにも原因があります。勿論それはプレーそのものかもしれませんが、多くの部分で、気持ちが原因になっているように思います。

自分たちは「勝てる」と思い、相手に「あのチームは強い」と思わせる。そうすることで勝てたことが多かったように思います。

伝統がある、常勝チーム、強い、と周りのチームに思わせ続けることが大切なのではないかと思います。菊池寛の『形』で学んだように。

テーマ: 読書メモ -  ジャンル: 本・雑誌
by あいありがとう  at 05:23 |  読書 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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